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「国を挙げて学術スパイ防止を」 スイスの大学学長会議が提言

「世界中の大学は、特に最先端技術が研究の重要な要素となっている場合、情報機関やその他の政府機関の標的となっている」とチューリッヒ工科大学(ETH Zurich)のギュンター・ディッセルトリ学長は述べた。
チューリッヒ工科大学(ETH)のギュンター・ディッセルトリ学長は、世界中の大学が情報機関やその他の政府機関の標的となっていると述べた。 Keystone / Michael Buholzer

複雑化する世界情勢の中で、敵対国によるスパイ行為のリスクが増大し、スイスの大学は対応を迫られている。スイスの大学学長会議スイスユニバーシティーズ(swissuniversities)は、知識の安全保障と開かれた研究体制を両立させるために、審査方針を統一し、各機関をつなぐ事務局を設置すべきだと提案している。

スイスユニバーシティーズは昨秋発表した報告書「スイスにおける知識安全保障~高等教育機関・当局向け戦略的枠組み外部リンク」で、重要知識が軍事的敵対国に盗用されるのを防ぐための国家戦略を提案した。AI(人工知能)や量子コンピューティング、バイオテクノロジーなど重要分野で、研究者や学生の審査を厳格化する方針を打ち出した。

その約1年前、スイスでの留学歴があるイラン人科学者が、ドローンやミサイルに使用されるナビゲーションシステムをイランに引き渡した容疑で逮捕されるという事件が報じられた。

ドイツ語圏の大手紙NZZによると、イラン出身の科学者モハンマド・アベディニ氏は、スイスの名門大学である連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)に数年間外部リンク在籍していた。同氏は2024年12月、米国の要請により外部リンクイタリアで逮捕され、翌月イランに帰国している。帰国の数日前に、同氏の逮捕直後にイランで拘束されたイタリア人ジャーナリストが釈放されており、何らかの取引があったとの見方もある。

スイスユニバーシティーズ報告書の執筆を指揮した連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)のギュンター・ディサートリ学長は、「世界中の大学が情報機関やその他の政府機関の標的になっている。特に狙われるのが、最先端技術が主要な研究領域になっている場所だ」と話す。「何より、スイスは島国ではない」

スイス連邦情報機関(NDB/SRC)の2025年状況報告書外部リンクによると、欧州圏で展開されるスパイ活動で最大の脅威国は中国とロシアだ。両国はスイス国内でスパイのネットワークを構築しており、「大学やその他の研究機関」といった組織が対象になっている。

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このような脅威に対抗するために、報告書は全ての大学に「知識の安全保障」に特化した担当者または担当部署を設置すべきだとしている。学内の研究者が高リスク国の研究者と共同研究や情報交換を行う際に、危険性を評価する組織で、要注意データへのアクセス制限や技術共有の条件設定のような問題についての助言も想定する。

客員研究員について、システムやデータ、実験室へのアクセスや立ち入りを制限することも一案として盛り込んだ。

また、ガイドラインを示し、連邦情報機関がサイバー攻撃を検知したときなどに情報を迅速に共有する国営の調整拠点の設置も提案した。入学許可や職員の採用、客員研究員や外国との共同研究に関する審査基準も統一し、高リスクな申請資料は大学間で共有することを呼びかけた。

共有の目的は、大学間で審査能力に差がある点を利用して複数の大学に応募し、スイスの学術システムにアクセスしようとする者を阻止することだ。いずれかの大学で拒否された者については、ほかの大学への応募を禁じることも提案した。

審査基準見直しの影響

2024年10月、非英語圏の大学では世界最高ランクに位置付けられるETHZが、セキュリティースクリーニング(安全保障を考慮した審査)を見直した。

目的は、軍民両用(デュアルユース)で、取り扱いに注意を要する技術や情報が、ロシア、イラン、シリアや中国といった国際制裁を課された国や高リスク国に渡るのを防ぐことだ。これら地域の出身者による、AIやナノテクノロジー、GPS(全地球測位システム)、通信などの重要分野での留学申請を、精査や却下の対象とするものだった。

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連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)本館。手前はチューリヒ大学病院の彫像「療養者」(オットー・シャルル・ベニンガー作)。2024年11月30日撮影

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このコンテンツが公開されたのは、 昨年秋に公表された連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)の高リスク指定国の留学希望生へのスクリーニング基準は、とりわけ中国の学術コミュニティーに不安と憤りを巻き起こした。

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ドイツ語圏のNZZ日曜版によれば、ETHZは新しい審査法で約1250件の申請を検討し、80人以上の申請者を拒否した。EPFLは昨年、48件の申請を却下している。

断片的アプローチから全国的な協力体制へ

現在スイス全土で行われている留学生のスクリーニングは、断片的なものにとどまっている。NZZ日曜版によると、多くの教育・研究機関がセキュリティー措置の詳細を示せないか、「漠然とした」情報しか提供できなかった。

ベルン大学はスイスインフォの取材に対し、技術漏洩のリスクに対応すべく昨年7月に従来方針を変更し、外国出身の新規採用者や客員研究員について、制裁や通商停止、輸出管理規制に適合しているかどうかを検討する対象にしたと述べた。同大は2024年、考慮されるのは言語能力や学歴のような一般的な条件だけだと地元の地域紙に語っていた。

スイスユニバーシティーズの報告書は、スイスの高等教育部門全体で方針を統一すべきだと提言している。

加えて、オランダの「知識セキュリティーに関する政府連絡窓口」のように各大学や州当局、セキュリティー対策部門をつなぐ中央事務局の設置を勧告している。安全な情報交換や、変化する情勢を受けた措置についても調整を行う組織で、オランダでは2022年に開設された。

オランダとスイスは、ともに世界知的所有権機関(WIPO、本部ジュネーブ)の2025年版グローバルイノベーション指数(GII)外部リンクで10位以内にランクインしている小国であり、安全保障を確保しながらどのようにして国際的な科学研究に門戸を開き続けるのかという共通したジレンマを抱えている。

オランダとは異なり、スイスは現在、各大学が独自に運営するシステムに依存している。つまり、安全対策の水準は各教育機関の意識と能力に左右されるということだ。

スイスユニバーシティーズの報告書は、諸外国の例として、オランダのほかにEUやドイツ、北欧、米国などの知識安全保障体制を紹介している。日本についても取り上げ、「近年ではより包括的なアプローチを採用。開放性と国家安全保障上の懸念のバランスを取りつつ、強固な国際研究協力を維持している」と評価した。

報告書は、知識安全保障に関する国の施策方針をまとめた文部科学省の指針(2024年12月)外部リンクを紹介し、「学問の自由を維持しながら、外国との連携に伴うリスクを評価する機関の責任を強調している」と説明した。知識安全保障を「研究セキュリティー」と呼ぶ同指針は、「ゼロリスクを目指したり、幅広い研究に制限を設けることはしない」と謳い、その目的は研究や国際連携に生じ得るリスクを適切な範囲で「軽減」することだと位置付ける。また「人種や国籍等による差別はあってはならない」と明記している。

スイスの報告書はまた、日本がQuad(クアッド、日米豪印)や主要7カ国(G7)といった多国間枠組みを通じて、「志を同じくするパートナーとの連携を強化」してきたと指摘した。このように日本の取り組みを高く評価する一方、スイスの模範としたオランダ(と英国)の特長として「ボトムアップ型のアプローチをとり、大学の自治と学問の自由を尊重している」を挙げた。

報告書が紹介した取り組みに加え、文科省は2025年4月に大学向けホットライン外部リンクを開設。そのほか京都大学外部リンク九州大学外部リンクなどが自主的に専門部署を設置している。

ディサートリ氏はETHZのウェブサイトで公開されたインタビューで、国レベルでハブとなる拠点があれば、共通の基準を定め、小規模機関が取り残されるのを防げるばかりか、重複作業も減らせると語っている。

「これは、スイスが開かれた科学研究に積極的に関与しながら、高度技術の危険な漏洩を回避するという、両面のバランスを取るうえで役に立つ可能性がある」

編集:Tony Barrett/vm,dos、英語からの翻訳:鵜田良江、校正:ムートゥ朋子

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